松坂木綿(まつさかもめん)の着物買取なら無料査定のできるSATEeee着物買取にお任せ!

1.松坂木綿を売りたいお客様へ

松阪木綿は現在の三重県にあたる松阪地域で生産される綿織物を言います。天然藍の先染め糸を使い、松坂嶋(まつさかじま)と呼ばれる縞模様が特徴です。染め方で微妙な濃淡が表現でき、和装・洋装を問わず、着る人を選ばない点もデザインの幅を広げます。多彩な藍の色に木綿という手軽さから人気が高まりつつあります。

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2.松坂木綿についての解説

江戸初期の元禄年間、倹約令によって華美な着物を堂々と着られなくなっていたところ、遠目から見ると無地のように見えながら、さまざまな縞柄模様が織り成す生地が粋でおしゃれだと、江戸の庶民をとりこにします。それが松阪木綿です。江戸の人口が100万人と言われた当時、年間50数万反を売り上げたという逸話があるほどです。特にこの縞木綿は松坂嶋と呼ばれ、その名が全国的に知れ渡ることになりました。現代ではさまざまな製品に使用されることによって認知度を上げ、人気を取り戻しつつあります。

3.松坂木綿の歴史

5世紀の終わり頃、大陸から機織りの技術を持った渡来人たちがやってきます。彼ら技術集団「漢機(あやはとり)」と「呉織(くれはとり)」が現在の松阪市東部一帯に居を構え、紡績と機織りの技術を伝えたのが松坂木綿の始まりとされています。以来この地域は古代日本の紡織の中心地となりました。7世紀末にはその高い紡織技術を買われ、文武天皇より「連(むらじ)」の姓を賜り、氏族と公認されます。これ以降、伊勢太神宮(天照大神)への織物の献納は服連(はとりのむらじ)と麻続連(おみのむらじ)が義務づけられます。松阪市東部にある機殿(はたどの)地域には今もこの習わしが伝承されています。明治以降、近代の機械織りに押され一時は廃れてしまった手織りの松阪木綿を再興させようとする動きが昭和55年頃から盛んになります。その結果、のちに国の無形民俗文化財に指定され、松阪木綿振興会の手織りセンターを開設するなど段階的に進展しました。近年では江戸を席巻した縞帳にある縞柄を復元するほか、糸や染めに工夫を凝らすなどして手織り松阪木綿の復興に尽力しています。

4.松坂木綿の買取査定ポイント

最大のポイントは正式な松阪木綿かどうかに尽きます。これを証明するものとして証紙などがあると査定のときに有利です。また、品物にシミやカビ、擦れ、汚れなどがあると、査定額は下がる傾向がありますので注意したいものです。

代表的な査定ポイント
  • 松阪木綿かどうか(証紙などがあるとよい)
  • 保存状態が良いか

5.松坂木綿の取引相場価格

オークションに出品された松阪木綿の反物は、正藍染の濃い藍色で長さが12m以上あり、通常の生地に比べて4cmほど幅広の41cmワイド巾でした。新品未使用で松阪木綿を証明するものがあったので、12,000円で落札されています。松阪木綿は和装だけでなく、ワンピースなど洋装にも使えることからリメイク市場でも人気があります。

6.松坂木綿についてのまとめ

松阪木綿の特徴は、洗練された手作業によって織り上げられる点にあります。江戸の庶民を虜にした縞模様は粋そのものです。和装だけでなくリメイク市場でも人気が高く、取引市場は活況です。もしお手元に小千谷縮をお持ちでしたら、買取査定を検討してみてはいかがでしょうか。

着物の織物について

織物
織り
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縮面
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木綿
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